one dollar
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600film (SLR690) / place:cambodia






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三日目の朝、数ドルの紙幣と小銭をポケットに入れてホテル近くの路地をうろうろと。

Polaroid カメラと(既にレンズシャッターが壊れて撮影不可だとは知らないまま)Hasselbrad を連れて、

カンボジアの日常を撮影しようと思って、ぶらりと。



 この国はほんの数年前まで(1991年の和平協定まで)激しい内線が続いていた。

 ベトナム戦争時の地雷や不発弾による悲劇、ポル・ポト政権による100万人以上の虐殺など歴史として

 学んだのでなく、リアルタイムなTVニュースとして流れていた事を脳みその片隅に記憶していた。

 だからこの国の人はヒトを警戒し、僕らのような外国人も敵視するんだろうなと言う先入観があったけど、

 その認識は見事に外れてくれて、今まで旅した11の国の中で一番人に優しい国だと感じた。

 一つには写真を撮らせてくれる率が過去最高の100%(一度もカメラを向けて嫌な顔をされなかった)だったこと^^

 もあるけど、例えばお店の人が嫌な顔をしている様子(例:レストランで長居をする客や騒がしい客に対してとか・・)

 を一度も見なかったり、無理な追い越しでも対向車がクラクションを鳴らさないとか、ぼられたりしなかったりとか 。。

 ベトナムもそうだったけど、悲惨な戦争があった国の人ほど強く平和を望み人に優しくなれるのかも知れない。


そんな事を感じながらホテルを出た数分後に写真の親子に出会った。

母親は僕のカメラを指さして写真を撮れというゼスチャーと同時に「one dollar」と何度もか細い声で言った。

子供は前身に赤い湿疹がありぐったりとしていて、ぴくりとも動かなかったので、ひょっとして・・息が無い?とも思った。

僕は胸が詰まる想いをしながら無心に(壊れて写らない)Hasselbradのシャッターを何度も押し、最後に一枚だけ

このPolaroid 写真を撮り、ポケットにあった僅かのドルを手渡した。

彼女は両手をあわせて少し涙ぐみながらお礼を言った。



彼女が写真を撮って欲しいと要求したのは、単にお金が欲しかっただけではなくて、この国の現状を写真で伝えて

欲しいと望んだからだと僕は解釈して写真を撮った。が、Hasselbrad で何か伝えようと焼き付けたはずのフィルム

1本にはその想いのカケラも写っていなかった。





歴史上類を見ない激しい内戦で多くの大人が死んだため、現在、人口の約2分の1は15歳以下の子供であり、

平均寿命が50歳未満となっている この国。

それ故に優先して守らなければならない子供でさえ、不衛生な水を飲み充分な栄養もとれず短命であると聞く。

ポル・ポト時代には学校教育は全国的に中止され、教育者を含む知識人が殺され、学校施設が破壊されたり教科書が

燃やされる等学校教育は壊滅状態に追い込まれ、今なお教育を受けられない子供も多いと言う。




幸せを誰かと比較して語るモノではないけど、

布団で安らかに睡眠できて、水道水が飲めたり、自由に物を食べたり、何着もの着飾る服を持ってたり、自由教育を受けたし、

風邪をひいたら病院に行ったり、喧嘩したり、怒ったり、悩んだり、落ち込んだり笑ったり、ブログったり、、、

なんて自分は幸せなんだろう。 これ以上に何を求めると言うのか。。


でも、愚かな欲望はつきない。






ホテルに財布を取りに帰り再びその場所へ戻ったけど、すでにそこには親子の姿がなかった。

出逢った時に数ドルしかポケットに入れてなかった悔い、フィルムに写せなかった想い 、、、

だからまたいつか、もう一度行こう。


偽善者だと思われるかも知れないけど、、Hasselbrad を担いで、one dollar をポケットいっぱに入れて。

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by 6210nas | 2010-05-28 08:29 | Polaroid
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